スロベニアを代表する中世の街、シュコフィヤロカ

シュコフィヤロカはスロベニアでもっとも美しく中世の街並みが保存されている街です。シュコフという意味は、スロベニア語で「司教」、ロカは川の間に挟まれた場所という意味があります。その名の通り、二つのソラという川に挟まれたこの街は、豊富な水資源をもとに、農業、手工業で賑わっていました。

最初に書類に記載されていたのは978年のこと。皇帝オットー2世が、司教アブラハムにこの場所の統治権を与え、それ以降19世紀にハプスブルク帝国の支配下になるまで、カトリック司教が統治していました。

1476年のトルコ軍の侵略、1511年の大地震、1660年と1698年の火災で何度も街が危機にさらされましたが、旧市街は中世の風情をそのままに残しています。それではその見所を見て見ましょう。

カシュチャ(Kašča)

カシュチャは食物貯蔵庫けん要塞の役割を果たしていた建物です。このカシュチャにはそれぞれの農民たちから徴収した穀物、チーズなどを保存していて、税金の1部として大切に管理されていました。ここの管理人も大事な役割を果たしていたのです。火事や地震で壊れてしまったため、今ご覧になれるのは15世紀ごろに再建されたものです。110,000個以上の石が使用され、重さは3トンにも。

今はギャラリーそして美味しいスロベニア料理が食べられるレストランがありますよ。

Mestni Trg/タウン広場

シュコフィヤロカの中心部。まっすぐにのびている広場にはゴシックまたはバロック風の3階建のカラフルなうちが立ち並びます。建物の壁には綺麗なフレスコ画も描かれています。これは家のオーナーの財力を示すものでもあって、いろいろな状況が一目瞭然ですね。

下にあるSpodnji Trgと比べてみるのも面白いはず。壮大なマリア像、ここの礫岩で作成された噴水、可愛いいカフェとなっているホーマンの家などもこの広場にあります。この広場では様々なイベントも行われますので、ブラブラお散歩するのにぴったりです。

Šentijakobska cerkev/聖ヤコブ教会

タウン広場にあるカトリック教会。今の外観になったのは15世紀の頃。Aisless Churchと言われる様式で、特徴は入り口から中心の神殿まで行く部分、お祈りをする場所が一つ、そして高い天井が特徴です。8角形の柱が伸びる先を辿ると、ところどころに石があります。そこは手工業者や貴族の紋章があります。教会のシャンデリアはスロベニア人の天才建築家、ヨージェ・プレチュニクが出がけました。

教会は宗教的な儀式を行う場所でもありますが、当時の芸術、文化などの宝庫です。心を沈めてゆっくり見学してみては。入場料もないので、興味のある方はぜひ言って見てくださいね。

シュコフィヤロカ城(Škofjaloški grad)

スロベニアにたくさんあるお城の一つ、シュコフィヤロカ城です。フレイジング派の司教たちが建てたもので、経済状況などを司教たちが視察する際に、実際住居としても使用されました。しかしながら1511年の地震でほぼ崩壊し、ゆっくりと立て直され19世紀には国のものとなりました。1890年には修道女たちが修繕をしたり、第二次世界大戦中は彼女たちが負傷者たちをこのお城で看病していたそう。今は場内が博物館となっており、シュコフィヤロカの歴史や文化などが学べる場所となっています。

カプチンの橋(Kapucinski most)

司教レオポルドによって14世紀に建てられた、石造りで美しいアーチを描いた橋です。下にはセルシュカ・ソラ川が流れています。最初は柵がなかった状態だったそうでとっても危険でした。その結果レオポルドは馬と一緒に川に落ちてしまい溺れてしまったそう。それ以来柵が取り付けられたそうです。

もともと石造りだったわけですが、19世紀に交通がより頻繁になったことから金属部分が取り付けられ、チェコのカトリック聖人ヨハネ像がシュコフィヤロカの紋章と一緒に建てられました。

このはしの左右に広がる景色はとても綺麗なんですよ。

歴史的な街があるスロベニアですが、それを物語れる建物が残っている街はわずかです。小さい街にたくさん立ち並ぶ教会があるのも、この街がカトリックの街だと証明しています。

お時間があれば足を伸ばして見ることをお勧めします。

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